▼大山阿夫利神社について

大山阿夫利神社

 

 大山阿夫利神社は、今から二千二百余年以前

人皇第十代崇神天皇の御代に創建されたと伝えられている式内社でございます。 

古くから相模国は許より関東総鎮護の霊山としてご崇敬を集めて参りました。

海抜一二五一米の山頂からは、祭祀に使われたと思われる縄文土器が出土しており、

当山の歴史の古さを物語っております。

 

大山は、別名「あめふり山」とも呼ばれ広く親しまれてきました。

このあめふりの名は、常に雲や霧が山上に生じ、雨を降らすことから起こったと云われ、

古来より雨乞い信仰の中心地としても知られております。
奈良時代以降は神仏習合の霊山として栄え、延喜式にも記される国幣の社となりました。

そして、武家の政権始まった後も代々の将軍は当社を信仰し、開運の神、そして武運長久を祈りました。

庶民からの崇敬も厚く、人々は「講」という組織を作り挙って大山へ参拝をしました。

隆盛を極めた江戸期には年間で数十万が訪れたと記録されています。

 

 また当時から民衆によってさまざまな文化が生み出され、大山詣りを始めとした木刀を納める納太刀、

当社の御祭神が富士山の御祭神である木花咲耶姫の父君に当たることから、

「富士に登らば大山に登るべし、大山に登らば富士に登るべし」という両詣りも盛んに行われました。

一部地域では、大山に登れば一人前として認められると伝承されていたとも云われ

立身出世の神としても知られています。

他にも一年の天候を占う筒粥神事、魔と穢れを祓う引目祭、山開き、

火祭薪能などの特殊な神事があり、

古い伝統を持った大山固有の大山能、巫女舞、倭舞も残されてます。

阿夫利神社は、古代から人々の心のよりどころとなり、国を護る山・神の山として崇められてきました。


山野の幸をつかさどる水の神・山の神として、また、海上からは羅針盤をつとめる海洋の守り神、さらには大漁の神として信仰をあつめると共に、山岳信仰の中心として今日に及んでいます。


春は花、夏は新緑、秋は紅葉、冬は雪と四季折々に彩られるこの大山は

今もなお、伝統と文化を継承し続け、参拝をする人が絶えません。

 

大山阿夫利神社の歴史